◆純喫茶ヒッピー◆

昭和喫茶の放浪ブログ。NIPPON COFFEE SHOP TOUR

純喫茶ロザリオで、忘れがたき雑談を。

 

(再編集の記事です)

 

神保町の古本屋をのぞいてはまた次の古本屋をちらっとのぞく。

ぼくは老眼になってから本を読むのが億劫になってしまい、

最近は小説とかは読まないんで、雑誌のバックンバーなどをチェックしていた。

何を買ったかは覚えていないが、カラーブックスかオーディオ雑誌あたりではなかったか。

 

さてそんな一角で青い喫茶店が目に留まり興味がわいた。

船ような外観は「円い窓」や「いかり」があしらわれている。

コーヒーを飲もうと思い、地下への階段を下りた。

 

 

店内には先客が一名。

自分より若い男性で、読書に集中している。

さすが神保町、みんな本好きなのかと思っていると、ママさんがコーヒーを持ってきてくれた。

とても忙しそうには見えないママさんとぼくが雑談を始めるのは必然だった。

この時ふたりとも暇だったから。

 

ママさんとのやりとりがはじまった。

 途中から印象深い内容になってきたので、できれば覚えておきたいと思いながら会話した内容が以下のとおり。

 

 
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「私がはじめてこの世界を経験したのは、銀座のシャンソンの店だったのよ。名前は思い出せないけど・・・。」

 

 

「「銀巴里(ぎんパリ)さんでしょうか?」

 

 

「あ、そうそう銀巴里。あなたよくご存知なこと。
当時は「よそ行き」の服に着替えて銀座に行ったの。
コーヒーがおいしかった。
ステージではこの店の当時の看板スターが歌っていてそれはもう華やかな世界。

歌っていたのは えーと・・・・・男のような女のような・・・そんな人知らない?」

 

「ピーター、美川 憲一、あ、美輪明宏さん?」

 


「そうそう、美輪明宏
とっても歌がうまかった。ジャズというよりシャンソンね。

シャンソンの店はなくなっているわねぇ。ここでもシャンソンやジャズかけたこともあったけど、今はテレビをつけることもね・・・。」

 


「その後ぐらいですか、「よいとまけ」で美輪さんが全国的に売れたのは」

 


「そうなの。だけど店はすでに美輪明宏目当ての客で満員。みんないい服を着てね。人気すごかったのよ。」

 


「美男子でしたもんね」

 


「今は占いのようなことやってるものね。黄色い髪の毛で。」

 


「そうですね。スピリチュアルな分野で。 でもいまも歌っていますよ。人気なのでチケットはいまでもなかなか手に入りません。」

 


「あらそうなんですか。」

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「銀座といえばね、私子供の頃は浅草に住んでいたけど、近所にはたくさん芸者さんがいたの。」

 


「あぁ、いいですね」

 


「三味線のお稽古を家の窓から頬杖ついて聞いていたら、一緒に銀座行く?と聞かれて、よろこんで行ったのよ。
銀座ではケーキいる?と聞かれて買ってくれた。
家に帰って母に、銀座土産に買ってもらったケーキを渡すと、芸者さんと銀座に出かけるだけでも大変なことなのに
ケーキまで買っていただくなんてと驚いていたのよ。」

 


「当時はケーキなんて高級だったでしょうね。」

 


「母も、おいしかったみたい。芸者さんが「パパさん」という言葉を言っていた。
私なんのことかわからなくて母に聞いたの。
そうしたら「そんなことは子供は知らなくて良い」と教えてくれなかった。」

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「このあたりはね、昔は市電が走っていたし、映画館も多かったのよ。大学が多いから本屋もね。純喫茶もたくさん。」

 


「あったでしょうね。名曲喫茶もありましたか」

 


「あったあった。
いいお店がいっぱいあって、文豪たちのたまり場にもなっていたの。
店の壁には将来の文豪と呼ばれる作家たちの落書きやサインがぎっしり。
でもね、火事で全焼してしまった。もったいなかった。」

「それは残念ですね。
昔はコーヒー一杯注文して何時間も粘ったり、そういう時代ですよね。今では新しくできるものは「喫茶」というより「カフェ」に変わってしまってね。」


「そうなのよね。
知り合いが久しぶりにここに来たとき、カラスがいなくなって町も変わったな、と言っていた。
カラスはときどきいるわよというと、いや、カラスとは学生のことさ。いまも学生はいるけど当時は真っ黒い制服だったからな、と話していた。たしかにそうよね。

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「浅草に住んでいたとき、小学校の同級生が芸者目指して三味線や踊りなど稽古を受けていたの。
ある日私も付いていっていいということになって、稽古を横で見ていた。
そうしたらその子、三味線がうまく弾けなくて先生に硬い「ばち」で頭を叩かれたのよ。
先生は、私を見て、部屋から出て行きなさいと怒った。
(友達が横にいるから集中できないと思ったんですね)
その後、上手に弾けたみたい。
私、あの子は普通の子供ではないと思ったわ。
だって「ばち」で頭を叩かれても泣かずに稽古しているんだもの。すごいのよ。」

 

「その友達とは会ってます?」

 


「いえぜんぜん。でも浅草に行ってみようかしら・・・。いるはずよ。」

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「芸者といえばね、こんな思いでもあるの。
お風呂は当時は銭湯に入りに行くでしょう。
子供だった私たちは、行く時間を決めていたのよ。
それはね、芸者さんたちが来る時間に合わせるからなの。
芸者さんが湯船に浸かると、体に塗っていた「練り白粉」がお湯の表面に輪になって浮くの。ぷわーーって。
私たちはその輪を自分の体につけて、脱衣所に行って拭かないで乾くまで待つの。
そうしたらねぇ、体からいい匂いが出るのよ。」

 

 

 

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