◆純喫茶ヒッピー◆

昭和喫茶の放浪ブログ。NIPPON COFFEE SHOP TOUR

喫茶にて頭の中でひとりごとを書く。

茶店にいるとくだらないことを思い出したりする。
いつの間にか無くなったものシリーズ。
とりあえず思いついたものを。
 
 
◆カマドウマ
まず、風呂場にしょっちゅう出現していたカマドウマという、やや馬ヅラのバッタ。
家がユニットバスになり建物に隙間がなくなると、以来めっきり来なくなった。
よく勝手に現れては湯に落ちて勝手に死んでたよ。
いまも普通にいる虫だろうけど、うちでは見ないな。
 
 
 
◆リンス
近頃のやつは直接髪につけるが、昭和50年すぎまでは洗面器の湯に入れて、
頭をつけたもんで。
すると不思議なもんで、髪の毛が湯の中で瞬時にふわふわにやわらかくなった。
ピンクレディのシャワラン、「振り向かないで」のエメロン
あと、容器がおもちゃやウルトラマン型のシャンプーとか。
 
 
◆茶ちり
いまでは街をぶらつくだけで無料でもらえる広告ティッシュ
でもちょっと前まではそんなもん無かったし。
うちの場合は、茶の間の茶箪笥の下の引き出しん中に「ちり紙(便所紙)」が高さ10cmほど積まれてて
それを慣れた指先の感覚で絶妙な枚数(二枚くらい)をつまんでいた。
いまのティッシュに比べるとなんて硬くて茶色かったことか。
カゼひいて鼻カミが増えるとすぐヒリヒリ。
それがいつからか、ティッシュなるものが登場。
つまんだらまた次の紙が自動で出てくるわ、なんだかソフトだわで瞬く間に「ちり紙」は廃れた。
(でも探せばまだ売ってるよ)
学校では女子の間でかわいい模様の入った香りつきティッシュも流行していった。
においつきの鉛筆・千代紙(ちよがみ)もあったし。
それまではみんな家からちり紙を何枚か畳んで持参してたのにな。
婆ちゃんらは、前掛け(エプロン)のポケットに一度鼻を噛んだちり紙を畳んでしまってて、
二度三度と使うという先進のエコライフぶり。
 
トイレはどこのお宅も洗じゃなく汲み取り式の「ぼっとん」で、やはり茶色い「ちり紙」が積まれていた。
そこにいつからかロール式のトイレットペーパーが登場。そりゃもうびっくりしたわ。
 
汲み取り式の頃は、家の近くで遊んでると、市のくっさーいバキュームカーがやってくる。
風下だと匂いの直撃を食らうから、警戒してなるべく風上に移動。
市の職員がぼっとん便所に溜まった便を汲み取るのだが、私はよく彼らに遊んでもらった。
両脇から抱えあげられて、蓋を開けたぼっとんの真上に持ち上げられギャーギャー助けてぇ、って叫んでたんだ。
 
 
 
 
◆ハミガキ粉の金属チューブ
いまと違いもっと金属質だったので、最後まで使いきるのがやっかいだった。
愛用は「忍者サスケ」のバナナ味だった。
 
 
 
 
◆電話機の地位
現代より地位が高く、室内でなく茶の間の入り口付近の廊下に、ちゃんと電話台に置かれていた。
黒電話ご本尊にはレースなどのカバーがかけられ、大事にされて。いまはケータイがあれば用は足りる。
 
 
 
◆文通
小学校を卒業間際に転向したこともあって、多数の旧友との文通を毎日毎日続けていた(3-4年)。
あの頃文通ってのはメジャーな手法で、
雑誌のうしろのほうにも、「誰か文通しませんか」「譲ります」「買います」のコーナーも定番で、
楽しかったな。全て実名、住所が当たり前に出ていたし。おおらかな時代。
 
個人情報保護って法律には社会をギスギスさせる副作用も感じる。
 
 
 
 
◆商店
商店はいまでもあるけど、そもそも近所は商店や市場だけの世界。
だいたい日中帯しか営業してない。
日曜は休み。元旦はもちろん休み、初売に買い物をするとはボールペンなどの粗品をもらえた。
 
コンビニというものが発明され、朝7時から夜11時まで買い物できるということに当時ほんとにびっくりした。とくに夜11時なんて、そんな時間に買い物なんて、誰が行くのか、と不思議に思った。
コンビニのすごさは品揃えにも感じた。
いままでパンを買うにはパン屋、ボールペンは文具、ドリンクは酒屋などと行き先が別々だったのだがワンストップになった。
 
 
 
 
◆麦茶の地位
私が始めてその名を聞いたのが、中学のころ。
FMラジオを聞いていたらミュージシャンの土屋昌巳さんが「今、うーろんちゃというものにはまってる」
と話したのだ。司会の人も初めて聞いた名前らしく、珍しげにいろいろと質問していた。完全に謎の飲料だったんだけど、それからしばらくして、主流だった麦茶がウーロン茶に押されていったな。
 
 
 
 
◆乞食
路上で土下座しながら「右や左の旦那様ぁ~おめぐみをー」と空き缶に小銭を乞う人たちがいた。
自分も学生の頃に空きかんに小銭を入れていた記憶がある。
現代のホームレスとは違うね。
ある日、家の玄関の「下駄箱を開けたらさ、乞食が出てきて慌てて逃げていった!」と母ちゃんが驚いていた。
下駄箱は玄関の内側つまり室内にあるので、何時間か何日間かその乞食さんとうちの家族は同居していたことになる。
 
 
 
 
 
◆カラスの刺身
昭和50年前後のこと。
近所の居酒屋で私がうまいと言って食べてたのはカラスの刺身だそうだ。
 
おーい大丈夫か > 自分
 
 
 
 
◆ドアガール
茶店の入り口に立つ美人。
美貌で男を客寄せし、客のためにドアを開けることが仕事だった人たち。
いまはもう婆ちゃんに近いだろう。
あ、八代亜紀さんは高級喫茶のドアガールだったってのは有名な話。
八代亜紀さんにドアを開けてもらってコーヒーを飲みたかった。
 
 
 
◆学校近くに潜む物売り
確かにいた。怪しい物売りが。
校門をでた数メートルあたりに、小学生が興味をひくような物を売ってたオヤジ。
 
 
 
◆野良犬
犬、大好き。でも 当局の指導で国内ではとんと見なくなったなぁノライヌ。
 
 
 
◆正月
書初めや羽子板、たこあげ。
けっこうキマリとして近所の家庭でもやってたんだけど。
 
 
◆夕方の豆腐売り
郷愁誘う音色とともに、いっつも家の前に来てたのに。
小銭ちょっきし持たされてボウル持参して買いに行ってた。
 
 
 
◆乾布摩擦
喘息もちの私はけっこうやらされてた。
上半身裸になって乾いた手ぬぐい(タオル)でこするだけ。
今でもやってる家はあるんだろうか。そもそも効果は?ほんとにあるのか?
 
 
 
 
◆肝油ドロップ
健康食品の一種で、小学校で斡旋されて教室で買ってたもののひとつ。
いまでも売ってるけどね。
学校で買ってたものはまだあって、学研の科学と学習って本だ。
発売日になると本屋さん(?)が来て販売してた。
 
 
 
◆コーラのビンの蓋のクジ
栓抜きで蓋をとると、その内側にスターウォーズとかの写真が印刷されてる。
その写真を見るには、ちょっとやわらかめの灰色のビニール的なものが貼ってあるので
めくる必要があったけど。
また、ときどきクジもやってて「当たり」なら、10円とか30円が買った商店からもらえたと記憶している。
あと、缶ジュースでははじめてアルミ缶で発売された「チェスタ」。
当時貴重な金属だったのか、雑品屋(古新聞などの廃品業者さん)に持参すると一個10円以上で
買い取ってもらえた。アイスが当時5円~10円だったんで、いい時代だった。
 
 
 
◆虫採取セット
これ、まだある? 注射器とかピンセットらがセットになっているやつ。
 
 
 
◆デパート屋上の遊園地
街の絶対的存在だった百貨店。その屋上の遊園地。少なくなってるでしょ。
 
 
◆秘宝館
これも少なくなってるでしょ。
 
 
◆歩くとピィピィ鳴るサンダル
これは自分が買ってないってだけでまだ売ってるのかも。子供のことはこれじゃなきゃ嫌だった。
 
 
◆七夕のローソク集め
北海道だけなのかなぁ。
七夕の夜、友達集めて見知らぬ家を訪問し続けた。
ローソク出ぁせ、出ぁせーよ、出さないとナンチャララ(忘れた)と歌いながら。
どの家でも、あらかじめ用意して待っていて、ローソクとお菓子をくれたもんだけど。
集めたローソクはどうなったのか、覚えていないが親に渡してたんだろう。
当然、お菓子は自分の戦利品。