◆純喫茶ヒッピー◆

昭和喫茶の放浪ブログ。NIPPON COFFEE SHOP TOUR

1970年はじめの札幌のたぱこ屋さん

今日は僕って言っちゃおう。
 
 
僕は旭川生まれで札幌育ち。
幼稚園は函館だったけど、ほとんどの時間を「昭和の札幌」で過ごす。
札幌は南区、白石区、東区、北区に住んだ。
特に思い入れがあるのは南区で、藻岩山と、山の中腹に輝く水力発電所を見ながら、藻岩下って名前の地区で暮らした。
 
 
秘密の場所をいくつも持っていた。
藻岩山の神社の近くの森にある、大木の中。幹が大きく腐って穴ができてて、そこは一号基地。
木造校舎だった頃の南小学校の基礎の中は、内緒で野良犬を飼っていた二号基地。
豊平川にあがる階段の下の空間は三号基地。
 
 
 
 
 
1970年代。
 
昨日、寝るときにどんな感じだったか、眠りに落ちるまで目を閉じて思い出してみた。最初はボンヤリだったけど、だんだんリアルに浮かんでくる。
風呂あがりの母と僕がバスタオルを巻いたまま六畳間で体を冷ましているシーン。
母は顔にパックを塗って白いオバケになっている。
部屋のあちこちには、その時急に流行したオレンジ色とイエローの家具や椅子が並んでいる。天井からはポップな照明器具がぶらーーん。
人気の大きな花柄のシールもあちこちに貼ってある。
姉の部屋は野口五郎のポスターだらけ。
新発売されたばかりのモンチッチが爪楊枝入れを背もたれにして家に届いたカラーテレビの「8時だョ!全員集合」を見ている。
ピカピカのアイワのカセットレコーダーは誇らしげに置かれ、幾何学模様のカーテンが窓を覆う、団地のアパート暮らし。
 
 
 
あのときは、ごく普通で当り前のデザインでなんとも思わなかったけど、ただ、「生きてる居心地」がすごく良かった。あの居心地はたぶん1970年代独特だと思う。
デザイン、音楽、街並み、遊び、人々が、良かった。
まぁ、オイルショックってのが起きたときは、ちょっと大変だなこりゃとガキながらに心配したのだけど。
そしていまさら振り返ると、なんてかっこいい空間だったのだ!と思ってしまう。
すばらしいデザインが、ごく普通に、町に、部屋に溢れている時代。
 
 
 
純喫茶のデザインを、「怪しい」「アヤシー」と表現する若い世代がいる。
それは店舗の独特な佇まいを褒め言葉として表現しているのだけど、ちょっと違和感がある。いくら褒め言葉だと言っても年老いた店主さんたちに理解は難しいかなって感じる。うちは古いけど怪しくはないよ、って。
喫茶としては、あのとき当たり前の標準仕様だったから。ただ、怪しくはないが、生活空間とは違う異界だとは思う。
ドトールや、スターバックスを見てアヤシイという人はいないけど、40年後の人が見たらそう言うのかも知れないね。
 
 
僕の生まれた60年代、そして育った70年代は大人たちも現代より心に余裕があって、しょっちゅう喫茶店に行ったりしていた。
それに今よりみんな「たばこ」を咥えていて、その姿は小学生ながらにちょっと憧れていた。あいつら、なんかこう、かっこいいなって。
 
街かどに、たばこ屋さんがある風景。
そのたばこに火をつけながらポリシャツを着て、キッサに向かう風景。
かっこいいなと。
藻岩下商店街のあちこちではフィンガー5天地真理がかかっている。
 
 
 
これらは1970年はじめ(1972年くらい)の、札幌の南区と中央区の生写真をスキャナしたもの。
たばこ屋全盛期かも知れない。
 
 
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