◆純喫茶ヒッピー◆

昭和喫茶の放浪ブログ。NIPPON COFFEE SHOP TOUR

1988年と昔話。

1988年の写真がでてきた。
 
えーっと、2015 - 1988 = 27年前に僕が撮ったものです。
1988年なんてつい最近のことのように感じるけど、それなりに昔
ですね。
 
このときもヒッピー中。喫茶巡りなど。
 
カメラはもちろんフィルムカメラ
カメラはピント合わせ不要のためバカでもチョンでも撮れるということで通称「バカチョンカメラ」と当時呼ばれていたやつでスナップ撮影。
 
茶店は残念ながら写真出てこなかったですが(そもそも当時は写真自体をあまり撮らなかった)、駅関係が写っています。
青春18切符使ってたから。
 
 
1988年という年は、国鉄分割民営化間もない頃ですよ。
 
 
 
 
どこの駅かは不明。
民営化から1年、まだ1才になったかならないかの「JR」です。
客の声を聞こうという方針をPRするJR西日本の その名も『キク象くん』。
 
若い人は知らないと思うけど、国鉄の駅員の客対応のひどさったら、信じられないものでした。とくに大きな駅。
ちょっと尋ねるとあからさまに不機嫌な表情をして無言のまま指さすとか、舌打ちするとか、ごく普通でしたからね。
いまだとクレームになるでしょうが、当時はそんなもんだと思ってた。
いいも悪いも、それが昭和。それが国営。
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博多駅に到着。
画質悪いけど、「祝 第60回選抜高等学校野球大会 選抜出場 柳川高等学校の横断幕が写っているのわかりますか? 
1988年の春の写真ということがわかります。
 
 
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下の写真はJR延岡駅に着いたときに撮ったものだと思う。
喫茶たくさんありましたよ。
 
昨今、昭和からやっている古い喫茶店巡りをする人がよく使う言葉に「昭和のまま」とか「タイムスリップ」とかがありますが(ぼくも使いますが.... 汗)、実は当時の喫茶とは全然雰囲気違うなーと思います。
 
第一、いまのようにマスターやママさんが高齢化していませんでした。
どの店も働き盛りの経営者で、バイトもたくさん雇っていたし、お客も混んでいたし、若年層はデートしていました。
だから店の雰囲気は今とまるで違う。
茶店は一番儲かる職業のひとつだったから、経営者はけっこう野望とか、抱いてましたよ。
 
それに、建物も室内もほとんど劣化がない状態だったから、どの店もけっこう綺麗。
今とは・・・違いますよね。
 
 
高級な喫茶はドアを開けてくれるだけの仕事の「ドアガール」もいました。
略してドアガ。
茶店の入口に上品に立っていて、客が近づいたら微笑んでお辞儀して絶妙のタイミングでドアを開けて差し上げる・・・という仕事。
デパートにもエレベーターガールは必ずいた時代ですからね。
略してエレガ、または「箱入り(娘)」。
制服姿と帽子+白手袋にドキンドキンしました。
存在感としてはスチュワーデスより特別感ありましたよ。アナウンス口調と白手袋が世界観つくってたなあ。
 
こういった「おもてなし」を担当する女性は美貌がいい人が選ばれましたが、ぼくは緊張するタイプだからかえって居心地悪く感じました。
 
ドアガは自動ドアの普及と、社交場としての喫茶店の衰退、エレガは経費節減と、オシリを触る「痴漢多発」などのため減ってしまいました。
 
 
茶店では客はマッチをもらうのは当然として、灰皿も持ち帰ってました(さすがにこっそりと)。ツワモノはシュガーポットなども持ち帰り。
だから人気店は予備の灰皿を常備しないと。
マッチは、業者がイラストレーターにいくつかのパターンを描かせた汎用ものをたくさん用意していて、店名だけを入れ替えるということもよくあります。もちろん、オーダーメイドする店も多かったですけど。
 
 
 
当時の喫茶は「待ち合わせ」と「情報を聞きに行く」の要素が強かったです。
この時代は携帯電話がないから、喫茶店は待ち合わせに利用されていました。何時間でも飲みながら待てる最適の空間ですからね。
そして、マスターや顔見知り客からさまざまな情報を得られる場。
客同士、あるいはマスターと熱く語り合う、なんてのも日常化していました。
インターネットは無いので、調べものは図書館、口コミは喫茶店みたいな感じでしょうか。
コーヒーも違いましたね。アメリカンが流行っていたので、深炒りなんてなくって、うまいというより、デートのときは女子に角砂糖を二個入れてもらうのが楽しみでした。
これらは一般的な純喫茶での話です。
一方ジャズ喫茶は独特でディープ、大音量のジャズと陶酔して聴き続ける客の姿。札幌の「ジャマイカ」などで、自分もその一人でしたが。
 
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長崎の街。
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高千穂で。
店員さんたちがニコニコ手を振ってくれています。この旅行は1ヶ月以上、西日本を回ったので、思い出深いなぁ。
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1988年の飛行機雲。
ぼくはこの年から何年間か喫茶店に訪問販売して、店には必ず必要な、あるものを売り歩くようになりました。
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