◆純喫茶ヒッピー◆

昭和喫茶の放浪ブログ。NIPPON COFFEE SHOP TOUR

駅で寝ること。

駅で寝ること。

 
 
駅には、国鉄の頃からずいぶんとお世話になった。
宿としてね。
 
泊ったのは何十回、いや100回はこえているだろうなきっと。
駅入り口の横あたりや、ひさしの下(睡眠中の雨が心配なとき)、中に入れる場合はベンチなど、勝手気ままに宿屋として利用したんだ。
昭和の頃は駅員さんはいまよりかなり自由に使わせてくれたんだよ。
北海道静内の駅では、駅長さんに泊らせてほしいと声をかけると、ホーム上にあった小屋を貸してくれたりもしたなぁ。北海道だけでも美々、帯広、釧路、札幌、ニセコ、いろんなとこで寝かせてもらった。

もちろん、全国を歩いて放浪していたから、駅以外でもたくさん寝た。
たとえば雨が降っている日は田舎の国道上は建物はなんにもないので、みつけた電話ボックスの中でしゃがんで寝た。
 
琵琶湖の湖畔で、野良犬やアヒルたちと寄り添いあって寝たこともある。
犬を抱いて、鳥の羽根もこちょばしかったけど、星を見ながら眠りに就いたんだ。
 
さらには夜の海辺。これは危険だった。
だって砂浜で気持ちよく寝ていると、知らないうちに満潮になったらしく
波にさらわれそうになったんだよ。
 
あとは山頂。流れ星が絶え間なく見れた。すばらしい夜だった。
 
夜中に小さな街の商店街を歩いて力尽きたときは歩道に倒れこんで眠ってしまった。
翌朝、全身が蟻だらけで真っ黒になっていて、焦った住民たちがぼくの顔を覗き込んで大声で起こしてくれた。
 
峠では、一日70km以上(ほぼ24時間歩きっぱなし)歩いて疲れ果て、ついに力尽き崩れ落ちたまま国道のガードレールの横で寝てしまっていた。
 
ダンボールで家を作って寝たりもした。
あのときホームレスの人たちには世話になったなぁ。彼らは博識だし新聞をよく読んでいるしね。元教師もいたし。お前はまだ若いんだからこんな生活はやめなさいと諭された。
 
このように、ちょっと思い出すだけでいろいろな場所を宿にしてきたことを思い出せる。
最近は安いとこだけどホテルを探して泊るようになった。
あとは、野宿とはいえないと思うけど、車中泊とか。
 
 
1980年代が一番精力的に動いていたな。
体の中からエネルギーが濛々と湧き出ていた。
歩いて、コーヒー飲んで、歩いて、寝た。
いろんな街、喫茶に寄った。
 
 
最近は老化が進み、体力がない。
いま一番つらいのは腰痛、五十肩。
五十肩ってこんなに痛いとは知らなかった。
 
おしっこの出も悪いからきっと前立腺肥大だろうと思っていたんだが、
泌尿器科で診察をうけたら肥大ではないらしい。じゃあなんでだ?
 
それに、理解できないだろうけど、生まれた頃からのぜんそく持ちなのに、
煙草を吸う。治るわけがない。でも自分が知ってる限り、ぜんそくの愛煙家ってけっこういるもんだよ。
 
耳も片方聞こえなくなっちゃった。
左から声かけられても反応できないことあるから、人に迷惑かけてるきっと。
聞こえないのは基本的に不便だし、大好きな音楽を聴くとき影響が大きいけど、
でも便利なときも多い。
たとえば、電車の中でおばちゃん同士のおしゃべりがうるさいときなどは、
さりげなく聞こえる方の耳を指でふさぐだけで静かになる。頬杖つくふりして。
テレビを寝ながら見ていて、うるさく感じたら、枕側に聞こえる耳をつけてふさぐと、静かになるって具合。
 
あ、脳手術後の検査、行ってないな。やべ。
 
 
とりとめもない記事になったけど、JR関ヶ原駅の写真を見ていたら、よく駅で寝たもんだと思いだしたってわけ。
来年あたりはどこかの無人駅で寝てみようかな。
 
 
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