ヴィクトリアステーション篠路店
札幌市北区太平4条1丁目3-5





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本日は、皆さまはほぼ興味のない記事で、自分への備忘録として書いております。



ヴィクトリアステーション篠路店は自分が中学生の頃にできた店舗なので、
ちゃんと調べたわけじゃない記憶によるものですけど、
1977~8年くらいにオープンしたと思います。
このときほぼ同時に、隣(同一敷地)に「金市館」もオープン(※現在はBigOff)。

場所は札幌市北区の石狩街道沿いで、非常に交通量がある主要道路なのだけど、
周囲には店はほとんどなかったもんで、地元民にはかなり衝撃的ニュースでした。


実家(屯田)に住んでいたぼくは、近所の噂を聞いて家の外に出てみたら
なんと店舗屋上から空にアドバルーンが数個あがっているのがかろうじて見え、
「こりゃすげー最新の大きな店ができた」って感動したもんです。


金市館に行ってみると、なんと食料品以外に衣服まで売ってたもんだからさらにびっくり。
当時、スーパーに衣料まで売っている大きな店なんか近所になかったんです。
「かーちゃん! 布団まで売ってたわ!」って報告。


フロア面積も経験したことがないほど広く、それまで食品の買い物といえば屯田公設市場か
ホクレンショップ(ユニオンマートって呼んでた)、現在の生協とは違う小ぶりな生協しかなかった。
もっといえば、屯田ストア、青山商店などの個人商店。コンビニは当時は皆無。現在のスーパーエースもなかった。

まぁ、広いといっても、現代からすればごくごく普通の地域のスーパーの大きさなんですがね。
屯田はそれだけささやかな住宅地でした。

まだ住宅地としても未完成だから、雑草の茂った空き地ばかりでさ、野生の柳の木もあちらこちらにあって、屯田といっても住宅があるのは一番通りから三番通りまで
現在ヤマダ電機、ジョイフルエーケー、イトーヨーカドーがあるあたりは地平線が望める広大な原野でした。

だから冬になると北風をあびて、地面の雪が猛烈に吹雪と化す「屯田ブリザード」に見舞われ、視界が1mとかになることだってありました。


小学校の授業が終わり帰ろうとすると、朝から1mも新たに積もってて(ほんとですから)、子供がやわらかい1mの深さの雪に立つと顔までスッポリ雪に埋もれて死んでしまうので、なんと腹ばいになって家まで1km以上「ほふく前進」。
一時間以上も雪を「ほふく前進」して命からがら家に着くと、全身がシモヤケで真っ赤になっていました。



話がそれましたが、当時はそんな感じ。



さて、ヴィクトリアステーション篠路店の話ですが、ステーキやハンバーグがメインというこれまた当時は斬新なレストランでして、うちはあまり外食にお金をかけなかったので行く機会が非常に少なかったけど、子供のぼくには衝撃的な店舗でした。

何が衝撃的だったか説明しますと、ファミレス店内の半分ほどの広さに鉄道のミニチュアが走っていたんです。ジオラマっていうんでしょうか、凝ってたなぁ。
これにはうちの親父も「こういうのはなかなかたいしたもんだ」って感心していたね。
そのジオラマは何年か後に再訪したらもうなくなっていて普通のファミレスになっちゃってた。
寂しかったな。



今回、そのヴィクトリアステーション篠路店がいつのまにか閉店していた、という話でした。
写真は2021年3月なので約一年前のものです。

上に書いたような思いでを思い出しながら撮っていました。


おしまい。


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屯田一番通り。
一番手前の建物は、もともと北海道新聞の販売店で、自分はここで夕刊の新聞配達をしばらくやっていた。
エイト電器は実家の御用達の店だし、この並びの奥には中村商店があり、いつもプラモデルを買いに入っていたな。

屯田エイト電器