狸小路で腹減ったら、頭の中には ふたつの案が浮かぶ。
東のあそこにしよか、西のこっちにしよか。
その片方が 『う月食堂』さん。
もうひとつは、また行った時に書くとして。

大衆食堂として開店したのは昭和30年。
55年前。
店内も料理もおおむね、当時のまんま。
狸小路で昭和から続いている食堂はもうここだけだという。

腹減ったので『おまかせ定食』を二代目主人の東さんにオーダーさせていただく。

料理が届くまでの時間は 店内を眺めていればあっという間。
いつもこの場所に ダッコちゃん人形のようなものあり。


燦然と輝く、『おまかせ定食』の短冊。
ハヤシライスも気になるが。



ビクターのステレオラジカセから流れるニュース。
お料理様のご到着。

うまいです。
こういう食事をすると、正しい暮らしをしているような気がする。
そういえば、店名の『う月』とは旧暦の『卯月』のことかな。
だとしたら、ちょうどいまの季節。
また行こう。
【関連記事】2014.8
2016.3 一時休業から店舗面積縮小にて営業再開3/6。

右側の室内が店舗として利用

2016.3.13
ビニールシートの方は他店舗が入る予定で工事中

う月さんはこの狭いスペースになりました

でもちゃんと復活! これからもつつがなき旅を!

ほんとによかった・・・


チャーハンで一服

ところでこんなこと知ってる人はいませんが、う月食堂は純喫茶でした。
昭和10年頃に純喫茶マロニエとして開業し、その後食堂に転身したんです。
下の地図は昭和20年くらいのものですが、現在のう月食堂は「平和軒」という別の人がやっている食堂。
そのとなりに「りんどう」って名前のバーと、さらに二軒となりに「マロニエ」、つまり先代の東さんが営む喫茶店がありました。
和田義雄氏の『札幌喫茶界昭和史』には、「マロニエは狸小路七丁目、東秀一の経営、戦争をくぐりぬけた生き残り組。場末ながら食事もあるというので、まずは繁盛した店」、との記述あり。
また、「これらの人々は、<(喫茶)組合がわれわれにどんな利益をもたらすだろう>ではなく<我々は組合の名のもとに、いま、何をすべきか>と、真剣に考え、勇敢に立ち上がった人々だったのだ」とか「しかしまた細々とこの世界に、踏みとどまろうとする、悲壮な決意の人もあった。その数わずかに九軒、白十字、ルンバ、舗道、ニシムラ、ダンテ、セコンド、暁、マロニエ、ポラリス」との記述もあります。
さて、地図をみますとさらに右には別の喫茶店もありますね。
ちなみにその向かい、現在も看板が残る「平和ビリヤード」は「昭和ビリヤード」、現在の名曲喫茶ウィーンは山県薬局。札幌の老舗ウィーンがオープンするのはこの地図の約14年後です。
『札幌喫茶界昭和史』には記述がありませんでしたが六丁目には「白ばら」という純喫茶もありました。
戦争が勃発した激動の時代ですが、戦争を除けばとてもいい時代です。

2018年のレポート

