こんちは、ヒッピーです。
美唄レポがつづいていますが、今日はガロについてです。


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その前に炭鉱最盛期時代に存在していた
三菱鉱業美唄鉄道線(美唄鉄道)旧東明駅に立ち寄りました。
駅舎と機関車が美しく保存されており、この世代の方々がここを訪れたらぐっとくるのではないでしょうか。
機関車は自由に乗れて運転席に座ることもできるそうです(このときは乗りませんでしたが)。



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炭鉱最盛期時代に、それはそれは賑わった美唄。
しかし現在は美唄駅のある中心部以外は寂しいものです。
とくに南美唄やこの東名駅から東は・・・。


駅前の商店街。いや、旧駅前の旧商店街と書くのが正解です。

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立派な個人商店
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風情のある木造住宅が点在しています。
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もう人が去った一画も。
いくつかの家屋が並んでいて、身内それぞれが家をもってここで暮していたのかなぁ、ここに住んでいた子供たちは今どこの街に住んでいるのかなぁとか、いろいろと想像してしまいます。
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あ、我路レストハウスが見えてきましたよ。

 
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このあと出会う、我路の住民さんの話では、このスキーハウスは1973年に閉校した美唄市立沼東中学校の体育館跡とのこと
道を挟んで向かいにある我路ファミリー公園とキャンプ場は、この中学校のグラウンドだったということです。
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我路の中心部へ向かいます。
もう使われていない古い橋がいくつか見えました。
この橋は一体・・・?
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人々が手放していった建造物が点在しています。
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さきほども書いたとおり、炭鉱地域のため遺構が点在。
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これらの施設については炭鉱愛好家の方々がネットで詳しくかかれていると思われます。

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人が通らなくなった橋がまたありました。
反対側の柵は崩落したのでしょうか。


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橋の向こう側はジャングルのようで進むことは不可能。
(行く人は行くのでしょうけど?)
野生動物にとっては便利な橋なのかな。


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ヒトケのない、もの悲しさの反面、このように花々は綺麗です。
そして自然が一番強い。

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我路の中心部。
シンボリックな建物は大きな郵便局です。局としてはもう機能していません。
こんな閑散とした地域にこの規模の郵便局があることは不自然に見えますが、かつての街のにぎわいからすれば必然的な規模だったのです。


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我路では住民さんと偶然話す機会があり、偶然とはいえけっこうな時間の立ち話をしていただいたので、とても参考になりました。
郵便局の巨大煙突は暖房ボイラーだったのだろう、とのことです。


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ガラスが割れており道から内部がすこし見えました。

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これも郵便局の敷地の建造物。
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道を少しあがるとまた廃屋があります。というか、廃屋だらけ。

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以前来たはこらへんにいくつか住宅があって、郵便受けも立っていたんだけど見当たりません・・・。
   
            ↓ これ(2012.9.22)
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さて、もう少し歩きましょう。

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我路はノラ猫がたくさんいる記憶があったのですが、この時点で二人くらいか出会っていません。
そして・・・


あ! この場所はっ。


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ここは、素敵な住宅があって空き家になっていて、猫ちゃんたちが出入りしていた場所。
そのときの写真を過去記事から探すのでちょっとお待ちください。



  ↓ これ(2012.9.22)
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どうやら雪の重みなどで崩壊してしまったんでしょうね。

あ、こっちのネコちゃん小屋は健在のようです !(^^)!


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看板のテイストが少し変わったかも。



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背後の建物も崩落したんだなぁ。
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            ↓ 以前の様子(2012.9.22)

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さて写真は2020年に戻ります。

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居心地の良さそうな一服処がありました。最高。
そうそう。
親御さんがここの炭鉱夫だったという住民さんの貴重なお話を聞けました。
さきほどの「通れない橋」の写真をお見せして伺うと、向こうには「炭鉱住宅街」があったそうです。
かつて38,000人住んでいたという我路。
大きな郵便局から東のほうは商店街、スナックなどの繁華街だったそうです。なんでもあった賑やかな街。
小学校は4つほどもあったようです。

ネコちゃんも、いまは5-7匹に減ったそう。
ネコ好きで、ご飯をあげたり家を手配して面倒をみてた人が体調くずしてしまったらしいんです。





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住民さんに向こうにまだいけるけど、その先は行けないと思うよと言われ行ってみるとたしかに一軒家は遠くに見えるけど進めそうにありませんでした。
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今回のレポートは以上ですが、そういえば8年前にきたときに見たもので、あの看板も無くなってました。
もしかしたら4コ上の写真にちらっと写っているのがそれなのかも。移動したのかな。
汽車が来ていたころの我路への郷愁が感じられる
すごく良い絵で、みたときに感動した覚えがあります。


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2012年、8年前の我路の空。
この雲は、べつの雲として生まれ変わって、いまどこかの国の上を飛んでいるのかもしれません。
我路の街はいつまで存在しうるかわかりませんが、また様子を見に来たいと思います。
2005年からこのブログをはじめ15年経ち、ぼくも会社員でいえば定年退職するような年齢となりました。
動くのが少しづつキツくなってきましたが、この雲のように気の向くままいろんなものを見つづけられればいいな・・・と思います。



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