道内最大規模の映画館(当時)、三井美唄互楽館の威容。
まず、場所はここです。
前回、南美唄町の様子をレポートしましたが、出かけた目的は今回掲載する三井美唄互楽館の現状確認のためです。
互楽館は正式には"ゴラクカン"で良いと思うのですが、地元では"ゴラッカン"と呼ばれてもいたようです。
昭和30年竣工の当時道内最大規模を誇る映画館(集会、コンサート・観劇場)は、8年間の営業で幕を閉じたのですが、竣工から65年の時を経て現在も残っています。
ここで掲載はしませんが美唄市の郷土資料には現役時の写真が掲載されています。
ここほど大きなスクリーンは北海道にはあまりなく、座席は約1500もありましたが、封切り日には、約二万人も暮す南美唄町の炭鉱マンや家族などで行列が出来たとのこと。
スクリーン以外にも、座席下には暖かい蒸気を通す配管が通っており、暖房設備も工夫されていた最新設備の映画館でした。
さて、車を走らせ、ほら見えてきましたよ。
まだ壊されていないようです。
映画館といえば繁華街にあるものですが、現在ここを通る人には「普通の住宅地」に感じることでしょう。
それだけ、炭鉱バブルの勢いと閉山後の衰退は激しく変化します。
非常に大きな建造物です。
周囲の住民はこんな大きな廃墟を毎日眺めながら生活することになります。
屋上には草木が生え、やがて自然におおわれるのでしょうか。
正面に向かって建物右側の状況。
コンクリートの風合いも独特に変化。
道路標識のポールかどうか不明ですが、なぜかサッポロビールのケースがかぶせてありました。
もちろんぼくが置いたわけじゃないです。
自然の栗がたくさん。
巨大煙突も健在のようです。
カラスが町の様子を眺めていました。

ちぎれた配線がぶら下がっています。
シャッター前は木が大きく育って完全にふさいでいる状況。
マムシに気を付けながら写真を撮りました。
建物左側
隣に工場もあるけどとっくに閉鎖。
廃墟と書きましたが、映画館としての役割を終えた後は、ラーメン工場(※)や倉庫で活用されていたそうです。現在も倉庫・資材置き場で活用されているかは看板などがなくわかりません。
※ラーメンの名前はあやふやです。どなたか覚えていたら情報願います。
石炭に因んで、「ブラックラーメン」とか「ダイヤモンドラーメン」とかだったと思います。