南美唄町にて。
南美唄町は三井美唄炭鉱の閉山(1963年)、「三美鉱業三美炭鉱」の閉山(1973年)とともに「国鉄 南美唄駅」も無くなった。
※南美唄駅 : 函館本線南美唄支線
1931年(昭和6年)から1973年(昭和48年)まで、美唄駅~南美唄駅を結ぶ約三Kmの路線。
炭鉱の町は、石炭が燃料の中心だったその時代、とても賑わった。
長崎の軍艦島のように、炭鉱の付近には当然たくさんの炭鉱住宅がつくられ、そのまわりに商店、歓楽街、病院、学校などが並び、経済が循環していた。
しかし閉山になると、咲いた花がしぼむように瞬く間に町が縮小。
南美唄は現在どのような雰囲気なのだろうか。
商店街より三井美唄炭鉱方面。現役の服屋のようだ。
国道12号方面へ
昭和物件が多く残っている。今、令和とはとても思えない・・・。

現役の床屋さんなのだろう。行ったら切ってくれるのかな。
やはり廃墟、崩壊物件が多い。
猫ちゃんがたくさん。
木造住宅にとって雪の重さは負担が大きい
最後に、三井美唄炭鉱の閉山について冒頭で触れたのだけど、
実は北菱産業埠頭株式会社(資源部)により、現在は露天掘りにて石炭の採掘・販売が復活しています。












